(1)ひとりじゃ不完全なんてことはないわよね
 アタシはずっと、「ひとり」になりたかった。
 大勢で逃げまどいながら暮らすのには、もうあきあきだったんだ。
 だから今日の祭礼を最後にしようと思って、救ってくれる人を待っていた。
 300円でアタシをすくってくれる人を。

 でも、誰でもいいって訳にはいかない。
 すくい上げられそうになったらその人の顔を見て、気に入らなかったらひと暴れするんだ。そうすれば濡れた紙は簡単に破けて、アタシはまた水の中。とにかく、逃げるのは得意だからさ。
 そんなことを何回か繰り返しているうちに、「この人なら!」ってピンと来た。
 浴衣の似合う、ちょっときれいな大人の女の人。ふふ、アタシといい勝負。

 それがレーコさん。

 一匹もすくえずに悪戦苦闘していたレーコさんのポイの上に、アタシはスイと乗って、ピンと大人しくした。レーコさんは静かにアタシをすくいあげると、とっても嬉しそうに、だけど、声を上げないで、笑った。それからそっと大事に、家に連れて帰ってくれたんだ。

 あとから気づいたんだけど、レーコさんはオトコと一緒だった。
 そこんところは計算外。
 オトコは金魚の糞みたいにくっついてきて、我がもの顔でレーコさんの部屋に上がったんだ。

 レーコさんはアタシをガラスのボウルに入れて、食卓の上に置いてくれた。
 アタシはそのブルーのテーブルがとても気に入った。なのにオトコが、「金魚を見ながら食事するのはイヤだ」っていうから、アタシは寝室に移動されてしまった。
 金魚を見ながらでもセックスなら平気らしい。もっともオトコはアタシなんか見ていない。だけど、レーコさんはアタシを見てた。カラダとココロって繋がってなくてもセックスできるんだって、揺れる水の中からレーコさんのイクときの顔見てアタシは思った。

 ある日、レーコさんがあのときと同じ浴衣を着ていた。
 今日もまたどこかで縁日があるらしい。

「今度は俺がもう一匹すくってやるよ。一匹じゃかわいそうだろ」と、オトコがやさしげにいう。でもレーコさんは言ったんだ。
「一匹だとどうして寂しいって思うの? もう一匹入れてやれば完全だと思うのは、見ているこっち側の勝手な思い上がりだわ」とかなんとか。

 アタシはオトコがどんな金魚を連れてくるかどきどきしてた。でも、縁日から帰ってきたレーコさんは「ひとり」だった。オトコも、もちろん、金魚も連れてない。

 レーコさんはアタシを寝室から食卓のテーブルに戻して、満足そうに微笑んで言ったよ。

「ひとりじゃ不完全だなんてことはないわよね」って。

 アタシは一生懸命、尾ひれを振ったんだ。そうそうってね。
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