(7)泊まれませんけどね、猫が待っているから
 初めてハラッポを見たときは、レーコさんの弟なのかとアタシは思った。
 学生時代の友だちと、そのまた友だちみたいなグループの中にいて、ハラッポとレーコさんのふたりだけが、ぽっと同じ色に見えた。妹のアツコさんよりもハラッポの方がずっと、レーコさんと似てると思うくらい。

「レーコさん、金魚飼ってるんですね。オレは猫、飼ってるんですよ。今度連れてきてもいいですか?
 なぁ、
 うちの猫と仲良くしてくれるよな?」
 最後のひとことはアタシに向かって言いながら、ハラッポは歯を見せずにニッと笑った。
 とんでもない奴だ。
 アタシの方にだけ傷つけられる可能性がある関係なんて、最初から不公平じゃないか。

 ……あ、このオトコを「ハラッポ」と呼んでるのはアタシだけね。
 レーコさんは「原くん」て呼んでる。 
 例えば、アタシがすくわれた祭礼に一緒に行ったオトコが「革ジャン」だとすると、スズッチは「背広」、ハラッポは洗いざらしのコットンシャツって感じかな。見たまんまだけど。

 そのハラッポがレーコさんのところに来るのはいつも誰かと一緒だった。それも後ろからオマケのようにくっついて来ていたのに、いつの間にかひとりでも来るようになった。違う色の人がどんどん消えて行って、同じ色のふたりが残るのはまぁ、当然だったのかな。ふたりとも、大勢でいるのが得意そうでもないし。

 ハラッポはたいてい、「これ一緒に観ましょう」と、DVDを借りて来た。そうして、コメディーを観てはふたりで笑い転げたり、ラブロマンスを観ては互いの涙を指さして笑いあった。難しい顔して観終わった後で、答え合わせをするようにあれってさ、これってさと話し合う姿も、アタシはなかなか好ましく思った。ただ仲のよい兄弟みたいに、気楽そうに誰かと過ごしているレーコさんを見ているのが嬉しかったんだ。こないだの、おばあちゃんが来ていた頃をちょっと思い出したりもしてね……。

「ねぇ、レーコさん、クリスマスはオレとしましょうね」
「なにを?」
「なにを? って、やだなぁ、だから、クリスマスを!
 オレ、泊まれませんけどね、猫が待ってるから」

「泊まれませんけどね、猫がいるから」っていうのはハラッポの口癖というか、ちっとも面白くない冗談だ。
「泊まってくれ」だなんて、レーコさんはもちろん望んだことも言ったこともないのに、先走ってそういうことを言うのは泊まりたいからか? と思えばそうでもなさそうで、アタシはない首を傾げてしまう。
 レーコさんはといえば、いつものように笑って聞き流しながら、ハラッポの下げてきたコンビニの袋をふくらましている。そうして、その袋にマジックで目と鼻とヒゲを書いて、「袋のミィちゃん」を作るのだ。袋の底の尖った両端が、ちょうど耳のようになる。頬には使い古しの口紅で色をつけたりする。

 初めてそれを作ったのは、ハラッポがDVDを観ているうちに眠ってしまったときだった。
 レーコさんはハラッポを驚かせようとしたんだろう。手近にあった袋をふくらまして、ハラッポの頭の上でぱーんと割ろうと大きく腕を広げたんだ。
 本気で割ろうとしていたのかどうかわからないけどね。

 そしたら、レーコさんの手が袋を叩く直前にハラッポはぱっと目を覚まして、
「ミィ?!」って言った。
 寝ぼけまなこには、その袋が飼い猫のミィに見えたらしい。
 そうして、
「やばい。ミィが待ってるから帰らなきゃ」と言ってあわてて帰っていったんだ。

 レーコさんはちょっとつまんなそうにハラッポの背中を見送って、それからわたしに向かって、「ミィってほんとに猫だと思う?」って聞いたっけ。

 猫じゃなきゃなんだっていうんだろう?

  ---
 ハラッポとのクリスマスは23日の休日にするらしかった。24日は平日だし、ミィちゃんが待っていて来られないから、らしい。
 レーコさんは朝からちょっとした料理をして、ちょっとした飾りつけをした。どこがどうクリスマスなのかアタシにはわからないけど、なんとなく特別な感じだった。

 ところが、約束の時間になってもハラッポは来なかった。
 レーコさんは携帯電話を座布団の上に置いて、自分は床にペタンと座って、ずぅーっと「袋のミィちゃん」を作っては、にらめっこをしたりぼんやりしていた。
 哀しそうにも、寂しそうにも、怒っているようにも、呆れているようにも見えたし、すっかり諦めているようにも見えた。じきに「ミィ」を作る袋もなくなってしまった。

 ハラッポが来たのは24日の夜になってからだった。
 部屋に入るなり、「なんでここにはこんなに袋のミィがいるの」と、独り言のようにつぶやいた。
 疲れていて、なんだかいつものハラッポじゃなかった。シャツもよれよれだった。

「ミィちゃんを探すの、もう諦めたの?」
「そうじゃないけど……」

 どうも、猫のミィちゃんがいなくなってしまったらしい。それで探し回っていて来られなかったのかな。

 ハラッポは、まるでレーコさんと顔を合わせたくないみたいに、じーっとアタシの水槽を覗いている。
 あんまりじっと観てるから、アタシはハラッポの鼻の頭の両脇に、左右対称のほくろがあるのを発見してしまったくらいだ。

「そのうち帰ってくると思うんだ。それに、オレは大丈夫……キンギョがいるし」

 はあぁ〜? 

 わけわかんないこと言ってるハラッポは、結構まじめな顔をしたレーコさんが後ろに立ってることに気づかない。 

「だったらもう、泊まっていけるね」
 だって、そうだよね、猫、いないんだもんね。ここ、笑う所だよね? え? ちがうの? レーコさんマジ?
「いいの……?」

 ゆっくりと振り向いたハラッポの頭に、泣き笑いのレーコさんが「袋のみぃちゃん」で一撃をくらわした。
 もちろん何の威力もなくて、それはハラッポの髪をシャリンとすべって、それから、二人の胸の間でくしゅーっとつぶれた。

 なんだ、このふたり、ラブシーンもできるんじゃん。

 アタシはあわててしっぽを向けた。

 サンタさん、
 プレゼントをくれるなら、どうかアタシの水槽にカーテンをつけてください。
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