(4)中途半端に優等生なんだよね
季節の変わり目というのが金魚のアタシにも関係あるのかどうか知らないけど、なんだか具合が悪くなった。できればずっと水槽の底で横になっていたい。そんな感じ。
レーコさんが気がついて、アタシを小さなバケツに移した。狭くなった分、空気のポンプがポコポコポコポコと勢いよく水を揺らす。それからレーコさんは塩をひとつまみ入れてくれた。そんなおまじない、どこで聞いてきたんだろう。
ブルーのバケツの中は、あんがい居心地がいい。透明なガラスの鉢と違って、心配そうにこっちを見るレーコさんの目が気にならないから、好きなだけポンプの陰で横になっていられる。
あぁ、あたしの寿命ってあとどのくらいなんだろうなぁ。
「へぇー。お姉ちゃんち、金魚なんか飼ってたんだぁ」
レーコさんに良く似ているけど、少しだけトーンの高い声。妹のアツコさんが部屋に来ているらしい。
「夏に縁日に行ったとき……」
「縁日って、じゃぁお姉ちゃん、金魚すくいしたの? これすくったの?」
そんなに驚くことないじゃないか。金魚すくいの金魚で悪かったね。
「お姉ちゃん昔から、あたしが金魚すくいしようよって言っても絶対やらなかったのに。どうしたの? あ、思い出した。金魚だけじゃなくて、子供の頃、あたしが犬や猫を拾ってくると、お姉ちゃん怒ったよね。なんで拾ってくるのよ、なんで生き物を連れてくるのよってもう、金切り声出しちゃってさ。絶対に飼うことに反対したよね。
可愛いでしょって言っても顔を背けていたお姉ちゃんが、金魚すくいで金魚をねぇ……ふーん」
アツコさんがバケツのわき腹をツンとつつく。アタシはめんどくさいから動かないでいる。
「だって、アツコは何を飼ってもすぐに飽きちゃうじゃないの。可哀想とか可愛いとか言うのは最初だけで、あとの世話はいっつもお母さんやわたしがすることになってたの覚えてる? だいたいアッちゃんはね、命あるものを自分の手に入れるってことを簡単に考えすぎ……」
「あー、わかったわかった。お姉ちゃんの言いそうなことはみぃーんな想像がつくからもういいよ」
アツコさんは勝手に餌の袋を開けてひとつまみ落としてきた。おなかすいてないのにな。アタシは無視して横になってることにする。アツコさんはつまんなそうにアタシに向かってイィーってした。
すぐにレーコさんが、「勝手なことしないで」と袋を取り上げた。
「お姉ちゃんはさ、中途半端に優等生なんだよね。中途半端に真面目で中途半端にアタマ良くて、ついでに中途半端に美人でさ。なんでも中途半端なくせに一生懸命のつもりだから、人が適当に楽しんでるように見えると我慢できなくて煩くいうんだよね。でもね、あたしだってこれでもいろいろ精一杯やってんだよ。方向がお姉ちゃんと違うだけなんだよ?」
おおー、どうしたんだろう、アツコさんのこの勢い。レーコさんはなんで言い返さないんだろう。気になるから水面に近づいてアタシはプカプカする。アツコさんの声を聞いているうちになんだか息も苦しくなってきた。
「お姉ちゃんはさ、責任負うのが怖いから捨て猫も拾えないんだよね。先の先まで考えて、安全で正しいことしかしようとしないんだ。
あたしは可愛そうならすぐに抱きしめるし、可愛かったらすぐにそばに置きたい。思ったら今すぐにそうしたいんだよ。お姉ちゃんはそれができないだけじゃん。それは自分が一番可愛いからでしょ? あとで悲しみたくないからでしょ?
そんなふうにしてて、ぜんぜん精一杯に愛さないから金魚も死にそうになるんだよ!」
ああ、どうしてアツコさんの話はこう飛躍するんだろう。
とりあえずアタシはしばらく死ねなくなってしまったよ。
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